目標が無い<やる気が出ない3つの理由 #3>

エンタメマーケッター22年目、経営者12年目、ゆみです。→ゆみのこと

仕事のマニュアル「ホームページもブログも自分でやる」新発売💖

3.目標がない?目標なんて大嫌い

 「目標を持つのがいい」と言われると嫌悪感がある人が多いかもしれません。顧客から、投資家やベンチャーキャピタルから、師匠やメンターから、メディアから、会社から、学校から、親から一方的に押しつけられた目標の思い出に苛まされているのでしょう。そんな過去を忘れていきましょう。

「なりたい職業なんてないし(もう社長だし)、こうなりたい、みたいな高尚な目標なんて無いよ」

 そう言いたくなる気持ちも分かります。頑張るいい子としてここまできたあなたに、標語、ビジョン、教訓、ミッション、どんな言い方でも、自分を導く正しい目標を立てろ、なんて言われてもウンザリしてしまうのもわかります。

 でもあえて言わせてください。「目標を立てよう」です。

目標とは的(まと)のこと。でも的(まと)って何?

 実は「目標」ってどういう意味かあまり深掘りしませんよね?目標とは、目印であり的(まと)です。射貫くための的、標的の事です。それが転じて、皆さんが嫌いな「求める成績や水準」を差す言葉になりました。目標が、なぜ的(まと)なのか?標的なのか?不思議じゃないですか?

わたしの持論はこうです。

人生は遊びでありゲームである。

 荻窪でカフェを経営する神秘的なシャーマンの女性から教えてもらったことですが

「わたし達の魂がなぜ現世に降り立ったのか?それは遊びに来たからです。」

 天界から現世に刺激をもとめて遊びに来た。それがわたし達が生まれてくる理由です。わたし達は、人生という遊び、ゲームを味わうために生まれてきたのです。

 天界での毎日が「無」だったので退屈だったのです。つまらなくてやる気がなかったのです。そして膨大なエネルギーが余っていたのです。

「面白そうだな。生まれてみよう」

ゲームにはルール(縛り)が必要。それが的(まと)です

 次に遊びとは何か?遊びを遊びたらしめているものが何なのか?を考えます。遊びとは、ルールなのです。遊びやゲームを面白くしているのは、ルールであり縛りです。

 鬼ごっこをイメージしてください。捕まえる側、逃げる側と分けて、捕まえる側がタッチしたら勝ち、逆は逃げ切れば勝ちです。この縛りが、ただ走り回ることに加えて、興奮と面白さを生んでいます。

 高低差があるフィールドに移動すると「高オニ」が盛り上がります。高低差を活かして「高い所にいる間はタッチできない」というよりキツイ縛り、ルールを追加します。一方で、高いところの無敵状態は10秒までしか持続できない、という追加ルールを加えて、降りるタイミングを狙われるリスクを増やし難易度のバランスをとります。

 なぜわざわざ、難しくするのか?なぜわざわざ縛りを設けるのか?

 ついでにもう一つ考えてみてください。過去のおにごっこで勝った負けた、その勝敗、勝率、覚えてますか?おにごっこで負けたことで何か大変なことがありましたか?鬼ごっこに勝って莫大な賞金がもらえましたか?

 何にも無いですよね?何にも無い、何の対価も無いのに、なぜ鬼ごっこをしたのでしょうか?

困難さが無ければゲームは何も面白くない

 骨折して動けない息子と一ヶ月かけてドラクエⅢリメイクを2人で小さなメダル110枚コンプリートしました。最後の1枚がどうしても見つからず、攻略サイトのチェック表としらみつぶしに三周してようやく取り忘れを見つけ完了。裏ボスグランドドラゴーンも20ターン以内で撃破。実に84時間プレイしました・・・。

なぜ、わざわざそんなことをやるのか?困難なことに取り組むのか?それが楽しいからです。

 わたし達は、暇で退屈です。せっかく「無」から生まれて遊びに来たのに、現世がまた退屈だったらうんざりします。

 「無」と違って現世にはルールがあります。時間は一定方向にしか流れない、人間には寿命がある、一度死んだ人間は生き返らない、そんな揺るがないいくつもの縛りが存在しています。それだけですでに人生は刺激的で、喜びの満ちたものになります。

 それだけではもの足りない、もっと出来る、もっと難しくしても良い、そんなチャレンジ精神をあなたは持っているのです。だからあなたは退屈で、やる気がないのです。ルールを厳しくしてもいいのです。もっと的を絞っていいのです。

それがゲームの標的です。

それがあなたの目標です。

(次回は、どうやって目標を持つのか?をお送りします。)

<やる気が出ない三つの理由>